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【能登半島地震から考える】緊急時、教育を受ける権利はいかにして守られるのか?

1.はじめに

こんにちはミライエコールの世夏です。

 2024年1月1日、能登半島で大きな地震がありました。たくさんの方が被災され、子どもたちも大きな被害を受けたことと思います。さらに、1月13日、14日に行われた大学入学共通テストの直前でもあり、受験生の皆さんはとても大変な思いをされたと思います。

 災害列島である日本において、自然災害などの緊急時には、子どもが教育を受ける権利はいかにして守られているのでしょうか。今回の記事では、災害時の教育について、少し覗いて見たいと思います。

2.今回の能登半島地震での対応

 まず、文部科学省からは、下の写真のように、二次避難先で授業を受けられるようにするための対応措置について、1月19日にリーフレットが発行されました。「2次避難先でも学校に通える」ということが何よりも強調されており、保護者の方々には安心できる内容になっているのではないかと感じました。

 

 

 そして、こちらのNHKのニュース記事によると、今回の能登半島での地震から1か月以上経った2月6日、全ての小中学校が再開したということです。上のリーフレットのように生徒がすぐに学校に通えるようにするための措置は採られているものの、校舎が復旧されていない場合もあり、生徒の課題として、普段とは違う慣れない教室での授業などが挙げられています。また、給食は炊き出しでまかなわれているそうです。そして、教職員自身も被害者であり、普段とは違う通勤経路、学校が避難所として使われている状態に不安を覚える場合もあり、サポートが必要であるとされています。

 そして、冒頭でも触れた通り、今回の地震は大学入学共通テストの直前でした。被災地域では1月13日、14日の本来の試験日程には間に合わないケースもあったようで、本来東京や京都などの限られた地域でしか実施されない追試を石川県で受けられるようにするなど、追試における対応が採られたようです。しかし、こちらのNHKのニュース記事に見られるように、現地の高校生からは

「電気が使えずに日があるうちしか勉強できなかった」

「はじめはとても勉強できる状態ではなかった」

「余震が気になって机に向かう意欲がわかない」

などの声が上がっており、入試の制度は整えられても、勉強場所の確保、精神的な不安が問題になるのではないかと感じました。

3.東日本大震災時の学校の例

 次に、過去の例として、こちらの中日新聞の記事で紹介されている福島県浪江町の例を見ていきます。

 当時、避難先の自治体の廃校舎で授業を再開させたそうです。しかし、慣れない環境下で生徒のストレスは大きく、学年間で授業を統合して、余った教員が保健室で生徒の様子を見るといった、臨機応変の対応が採られたようです。そして、その後は避難が長期化することを踏まえて、「ふるさとを意識できる授業」が行われていると言います。不確定な時代を生きる子供たちに、ふるさとの復興に従事する大人の姿を通じて自分たちのルーツを確立してもらいたいという教員たちの願いがあったそうです。

 また、ここでも教職員自身も被災者であることに加え、震災で傷を負った子どもたちに対して、「今まで自分が経験してこなかった子どもたちの困難さをどう助けたらいいか、悩みが深くなった」という声も挙げられています。ベテランの教職員でも大きな負担を抱えていたようです。記事では、「『地域のため』『子どものため』という使命感に頼って学校教育を営み続けると、教員に心理的な負担を強いる可能性もある。」と指摘されており、緊急時に教職員に頼りきりになるのではなく、教職員自身のケアもしつつ、子どもたちの学びの環境を保証する仕組み作りが大切なのだと感じました。

4.さいごに

 災害時、文部科学省や学校の対応として、集団避難などをしてでも、なんとかして学校を再開する対応がとられる様子をみることができました。学校が再開することで、子供たちは友達に会える、授業が受けられる一方で、慣れない環境下での生活が大きな負担にもなり得ることが分かりました。

 また、教職員の負担も見逃せない問題であり、政府や自治体が生徒だけでなく教職員にもフォーカスした支援もする必要があると感じました。

 福島県浪江町の例のように、地震を契機に新たな教育が始まることもあります。何よりも、どんな状況でも子供たちがより早く、より良い環境で教育を受けられるようにすることが最優先されるべきであるし、そのために多くの方が努力されていることが分かりました。 最後に、今回の地震で被災された方に、心よりお見舞いを申し上げます。

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