5.服装規定の改定に関する意見を職員会議へ
3年前期も生徒会長に立候補して当選し、引き続き生徒会長を務めました。しかし、相変わらず服装規定の話は生徒会ではいっこうに進まないため、周囲に声をかけて有志団体を作り、生徒会とは別で活動することにしました。そして、そのメンバーの提案で先生方にもアンケートを取りました。その結果は、以下の通りでした。
賛成 | 反対 | その他・どちらでもない | 無回答 | |
① | 45% | 19% | 26% | 10% |
② | 42% | 42% | 10% | 6% |
③ | 23% | 55% | 19% | 3% |
意外と規定の改定に賛成の先生が多いことが分かりました。しかし、このアンケートへの全回答数は少なく、31人でした。そしてここでも、先生にアンケートを取ったことを咎められたり、このアンケート結果は生徒に公開しないようにと先生から一方的に言われたりしました。ここまで述べてきたような先生たちのやり方は、生徒が声を上げること自体を封じ込めるものではないでしょうか。
それでも、生徒と先生へのアンケート結果を掲載した服装規定の改定についての意見書を作成して、職員会議に提出しようとしました。しかし、意見書の提出について「生徒会を通さないと職員会議に出してはいけない」と校長を含む先生に言われました。
正直、「生徒会でアンケートを取ることに反対し、長いスパンでやらなければいけないと言ってずっと話し合いを引き延ばしてきたのはそっちだろう」と思いましたが、話を前に進めるにはそれしか方法が無かったのです。再び生徒会本部で服装規定の改定についての話し合いを持ちかけました。一か月の話し合いの結果、生徒会本部からの採決を全校生徒に取れることになり、クラス代表が集う評議会で各クラス分の採決用紙を配付しました。結果は以下の通りでした。
賛成 | 反対 | 無効票 | |
① | 768人 | 31人 | 81人 |
② | 611人 | 121人 | 148人 |
③ | 754人 | 53人 | 73人 |
「全校生徒の3分の2以上が出席している時、過半数で成立」という生徒総会規則に基づき、改正案は成立しました。生徒総会規則に基づいているためか、ここまでくると職員会議に意見を提出することに他の生徒会役員も先生も反対しなくなりました。この結果をもって、職員会議に提出することになりました。
そして、3年の7月、ついに意見書と生徒会の採決結果を職員会議に提出しました。
しかし、職員会議の結果は、「改定を許可も不許可もしない。」でした。理由は、「この議題に対し十分な議論がなされていない」。全校生徒に2回もアンケートを取り、賛成多数なのは明らかです。
ここまで、私が教員たちに相談しに行った際、「十分な議論」をしようとしなかったのは私か、先生か、どちらであったのか?強烈な疑問を感じましたが、校長先生に聞いても、他の先生に聞いても、職員会議での具体的な流れは分からないままだし、「もっと生徒指導部に歩み寄っていたら」「もっと早い段階で生徒会本部と協力できていたら」と言われるばかりで、まともに取り合ってもらえませんでした。
さらに、職員会議の1週間後、私はある1枚の紙を生徒会室で見つけました。そこには、「生徒会長は本部の信頼を落とす行動を繰り返していた」「採決を強行に行った」「権力乱用と取られてもおかしくない」と私を誹謗中傷するような内容が書かれていました。それについて他の生徒会役員や教員に話を聞いたところ、なんと、7月の、服装規定の改定についての意見書が提出された職員会議で、生徒指導部長がその紙を全職員に配布していたということが発覚したのです。そこで私は、校長先生を含む学校の教員にはもちろん、教育庁にも訴えました。さらに、10月には職員会議で時間をもらい、全職員の前で、生徒会活動と活動に対する先生方の対応についてスピーチをさせていただきました。「生徒の意見をたらい回しにしたあげくに潰すのは、学校においてあってはならないはずだ」という意見と思いを述べました。
こうして、11月に私の生徒会長の任期が終わりましたが、12月になっていきなり、服装規定の改定が決まりました。しかし、私の任期が終わってから服装規定が改定されるまでの具体的なプロセスは、今でも分かりません。私がずっと取り組んでいた服装規定の改定が最終的には達成されたわけですが、プロセスが不透明である上に、学校の本当の問題は、服装規定ではなく、声を上げる生徒を押しつぶす学校の態度であると強く感じました。
卒業式の答辞では、改めて先生方に、生徒と保護者に、「生徒の意見を握りつぶすようなことは絶対にするべきではない」ということを伝えました。今までの一連の出来事は、上記のように議事録の公開ができなかったために全校生徒に知らせることができていなかったのです。
しかし、このようなことが母校で起こっていたということを大部分の人が知らないままでは、また同じことも起こりうると考え、卒業式の場で話をしました。しかし、同時に伝えたのは、「私は学校が大好きだ」ということです。大好きだからこそ、生徒会活動を全力でやったのです。自分の力で自分が生活する学校という環境の問題を解決したかったのです。
6.最後に
まず、私の例のように、ブラック校則があっても、改正することは不可能ではありません。
しかし、この記事で出てきた通り、私は度々周りの教員や生徒会役員に、「話し合うこと」自体に反対されてきたように感じます。また、教員からの高圧的な発言や態度も度々あったと思います。その最たるものが、職員会議で私個人の誹謗中傷をするような文書を配ったことでしょう。そして、議事録の公開ができなかったことから、生徒会で話し合っていることは全校生徒と関わっていることであるにも関わらず、全校生徒を巻き込めない状況になってしまっていたと感じます。
私の高校よりも厳しい校則がある学校や、体罰をいまだに行う教員もいると思います。それらも当然大きな問題で、到底学校で行われてよいことではありません。そして、私が体験したように、体罰やあからさまな攻撃を用いずに、声を上げる生徒を長期間にわたって個人攻撃で追い詰めつづけ、生徒の意見を握りつぶそうとする学校もあるのです。そのような場合、往々にして学校外からは問題が見えにくいことがあります。その結果、学校の閉鎖的な体質は改善されず、悪循環が続いていく可能性があると思います。
文部科学省はブラック校則の見直しを求め、全国的にも生徒主体で校則を見直そうという機運が高まっています。また、ニュースやテレビ番組でブラック校則が取り上げられています。このようなことはとてもいい流れだと思いますが、本当に閉鎖的であったり生徒の意見を潰すような学校では、そもそもブラック校則や生徒の自主性という話題でメディアに取り上げられるということがないでしょう。
学生も教員も対等な人間として見られていれば、また、対話を進められるような学校の制度が存在すれば、もし生徒と先生の間に意見の相違があったとしても、よりよい学校にするための話し合いを進めていけるはずです。しかし、私の学校の場合のように、意見がすれ違ったときにまともな話し合いすら行われず、教員と生徒会間、生徒会内、そして学校内で閉鎖的な環境となっていて、さらに「進学校としてのメンツを保とう」という考えや、「教員は生徒を管理するものだ」という古い考え方がはびこっているという根本的な問題があると、「学校において生徒の主体性が損なわれている」という問題の解決は本当に難しいです。
学生だって、1人の人間です。そう考えれば、学生にそれぞれの意見があるのも、その意見を主張する権利があるのも、その意見が十分に耳を傾けられるべきであるのも、当たり前のことではないでしょうか。